大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

徳山簡易裁判所 昭和43年(ろ)37号 判決 1968年10月08日

主文

被告人を罰金一万五、〇〇〇円に処する。

右の罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実中業務上過失傷害の点については、公訴を棄却する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四三年六月二二日午後五時四五分ごろ、山口県都濃郡南陽町福川西町東の道路上において、軽四輪貨物自動車(六山ろ四七―八五号)を運転したものである。

(証拠)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、道路交通取締法第六四条、第一一八条第一項第一号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定罰金額の範囲内で被告人を罰金一万五、〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは刑法第一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。なお、訴訟費用のうち有罪を言い渡した部分に関するものについては刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させない。

(業務上過失傷害の公訴棄却の判断)

本件業務上過失傷害の公訴事実の要旨は、被告人は自動車運転の業務に従事する者であるが、昭和四二年一月二八日午前三時五〇分ごろ、降雨中を普通貨物自動車を運転し、時速六三キロメートル位で福岡県宗像郡宗像町大字田熊八二九番地先国道を東進中、折柄対向して来る自動車の前照灯に眩惑され、前方注視ができなくなつたのであるが、このような場合、運転者としては雨のため路面が滑りやすく、前記高速で進行中であつたから、徐々に制動して滑走を防止し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、急激に強くブレーキを踏み停止しようとした過失により、制動と同時に自車を滑走させて左側のガードレールに衝突させ操向の自由を失つて自車を右に進行せしめ、これを右路外の田圃に転落させ、その衝撃により同乗していた深海正人(当一九年)に対し、鼻部挫創並に左肘関節擦過傷による全治一週間、田中健次(当一九年)に対し頭部切創による全治一週間の各傷害を負わせたものである。

というのである。

弁護人は、これに対し本件交通事故に対する警察の捜査は、昭和四二年三月末日ごろまでに既に完了していたのに、担当警察官が、その後約六ケ月余の長期に亘り本件捜査記録を手許に保管していたため、被告人はその間に成人に達し、被告人は、ために家庭裁判所において少年法所定の審判を受ける機会を失わしめられたもので、これは捜査機関の職務の怠慢に基因することは明らかであつて右捜査は違法であるからこれに基づいてその後になされた公訴の提起は無効である。

従つて刑事訴訟法第三三八条第四号に該当するものとして公訴棄却の判決を求める。と主張する。

よつて、右主張の当否について判断する。

およそ、少年に対する刑事事件については現行少年法は、少年の健全なる育成を目的として少年事件の特質に鑑み、少年の保護の周到を期するため、従来の検察官先議の原則を改め、保護優先主義をとりすべての少年事件は、一応家庭裁判所の門をくぐらせその審査を経るといういわゆる家庭裁判所先議の原則を採用し、家庭裁判所が刑事処分を相当と認めて検察官に事件を逆送しない限り、検察官は、刑事裁判所に対し公訴の提起はできず、反面検察官は逆送事件について起訴強制を受ける建前となつている。しかして、家庭裁判所は、少年犯罪についての刑事処分を相当するか、否かの基準の決定は、一般成人の犯罪におけるが如く犯人の性格、年令および境遇、犯罪の軽重、情状並に犯罪後の情況等の観点から訴追の可否を決定するだけでなく、保護、教育、矯正等の観点から、当該犯罪における少年の内在的原因と外来的な因とを医学、心理学、教育学、社会学、その他の専門的知識を活用して調査した結果を統合した上で、これがいかなる保護処分にも適しないと判断したとき、はじめて例外的処分としての刑事処分相当として事件を検察官に逆送するのである。

従つて捜査機関としてもこの少年法の精神を尊重し、少年犯罪についてはできる限り捜査を速かに完了し事件を家庭裁判所に送致し、少年の健全なる育成に協力すべき職責を有するというべく、捜査機関等において少年の被疑事件の捜査について、必要やむを得ない限度を超えて、いたずらに日時を費し、ために当該犯罪少年に対する家庭裁判所における少年法所定の保護処分、ないしは、保護措置を亨受しうべき機会を奪うことは少年法第四二条の精神に反し、そのような捜査手続は違法というべきである。

そこで、進んで本件捜査の進行状況および公訴提起までの経過を検討するに、本件一件記録および証人今里洋志、同荒木繁一の当公判廷における各供述を総合すると次のような事実を認めることができる。

すなわち、昭和四二年一月二八日午前三時五〇分ごろ、被告人から本件交通事故発生の急報を受けた宗像警察署の交通事故係巡査今里洋志は直ちに外一名の巡査と共に、本件事故発生現場である福岡県宗像郡宗像町大字田熊八二九番地先の国道に臨み、被告人および被害者深海正人らを立会させて本件事故発生の状況について実況見分を了し、そのころ調書の作成を終り、即日被害者二名の診断書をまた同月三〇日にガードレールの損壊についての被害届と、修理費用の見積書を関係人から提出させたこと、同年二月四日に被告人および被害者深海正人が任意に宗像警察署に出頭したので、今里巡査は同日右二名に対する供述調書を作成して取調を完了したこと、そして同年三月二二日防長日産モーター株式会社から被告人の事故車の修理費用等の見積書が提出されたので、その後一〇日位経過して同巡査は右書面に基いて本件事故現場をさらに見分して被告人および被害者らの供述の信憑性を確認し、そのころまでに本件交通事故に対する必要書類の作成および証拠の蒐集を完了したこと、ところが担当警察官はその後約六ケ月余の期間右捜査記録を手許に保管し、同年一〇月一六日に至り被告人に対する業務上過失傷害等被疑事件の捜査報告書一通を作成して右捜査記録を上司警察官に引継いだこと、上司警察官において右捜査記録の決裁が遅延するとか、または、事件送致の手違いなどがあつて、被告人が成人に達した後である(被告人は昭和四二年一一月六日の経過により成人となる。)昭和四三年一月二〇日に宗像警察署から宗像区検察庁に事件が送致されたこと、(事故発生から送致まで約一年)右検察庁の移送に基づいて徳山区検察庁の検察官は同年五月一七日に至り公訴を提起(略式命令の請求)したこと、(事故発生から公訴提起まで約一年四ケ月)をそれぞれ認めることができる。

以上の事実に徴すると担当警察官は、本件業務上過失傷害事件の必要書類の作成、蒐集後捜査報告書作成までに約六ケ月以上の日時を経過せしめたものであるが、その間本件について担当警察官らにおいて、捜査を継続すべき事由も、また、捜査を続行した形跡も全く発見できず、かつ、その間被告人において所在不明、もしくは出頭を拒否するなど捜査の遷延を招くが如き事情は毫も認められないのであるから、担当警察官において、捜査報告書作成に六ケ月以上を要したことは、本件公訴事実の事案(内容が複雑で過失の存否の判断が困難とは到底認め難い。)に鑑み、いたずらに時間を空費せしめたものといわざるを得ない。

この点につき検察官は、担当警察官の多忙であつた事情を縷々陳述し、本件事故発生の当初から送致まで約一年を要した事情について、これを自然的経過とみるべく、やむを得ない事由が存したと主張するが、かりに右主張の如く担当警察官が当時交通の事故係から交通指導係、または外勤巡査と配置替を命ぜられ、かつ、交通事故係当時の未済事件八件を抱え、日々発生する交通事故がいかに多数にのぼりそれらの職務の遂行等に幾ら忙殺されたとしても捜査報告書(この報書告は紙数にして三枚、実質的な記載事項は僅か一葉の簡単な報告書であることは記録添付の報告書に徴し明白である。)の作成に六ケ月余を必要とすることは到底合理的な事由とはなし難い。

かりに、それが担当警察官に対し無理な要求であるとしても同人の当公判廷における供述によつて明らかな如く、同人は本件事故発生当時本件被告人が成人年令の接迫する一九年と二ケ月の少年であることは十分知悉していたというのであるから、昭和四二年八月末日までに前記交通事故に対する未済事件のうち四件を既に処理した事実を考察すれば、右に優先して本件捜査報告書を作成すべきであつて、それも充分可能であつたことが推認できるのである。(この点担当警察官に重大な過失があるというべきである。)

さすれば、警察官の捜査から送致までに要した日時について、やむを得ない事由が存するという主張は到底首肯し得ない。次に検察官は、本件の捜査は、一般通常事件との比較においては勿論、同種の少年事件の捜査に比較しても特に遅延したとは認められないし、かりに遅延があるとしてもなにを基準として遅延というのか、基準のないものを彼是論議しても無意義であると主張するようであるが、そもそも捜査手続の遅延の有無を他の事件に比較して判定することや、一般的に何ケ月以上を遅延するというが如き数学上の基準を設定すること自体に問題があるというべきである。すなわち、捜査の遅延の有無は当該事件について、少年の成人に達するまでの残存期間内に捜査を完了することが明らかに可能であつたのにこれを怠つた場合をいうのであつて、その遅延の有無の判断の基準となるのは、当該少年の成人に達するまでの残存期間、事件の軽重、複雑性、または、被告人ならびに関係人等に対する取調に要する日時等の外に当該捜査機関の事件処理能力等を綜合考察して具体的な個々の事件毎に判断すべきであつて、その結果当該事件の少年が成年に達するまでに捜査を終結し得なかつた事情について、やむを得ないものとして是認せしむるに足りる何らかの特段の事情が存しない限り右事件はその捜査上遅延ありといわざるを得ない。本件は右基準により右の諸事情を綜合して考察しても叙上説示の如く担当警察官において報告書一通の作成に六ケ月以上を費消したとの点につき、これを是認せしむるに足りる特段の事由が存したことは認め難いのである。さらに検察官は、家庭裁判所の調査手続の遅延をとりあげて、家庭裁判所のそれが容認されるならば本件捜査手続の遅延を問題にすることは、著しく当を失すると主張するが、右は現行少年法の意義を解しない議論であつて採用の限りでない。してみると、担当警察官において時期を失することなく、捜査報告書を作成し、本件捜査記録を上司警察官に引続いでいたとすれば、被告人が成人に達する昭和四二年一一月六日以前に本件は検察官に送致され当然少年事件として家庭裁判所に送致され得たものであることが容易に肯認することができる。

そうだとすれば、本件は警察が、その捜査に必要やむを得ない限度を超えていたずらに日時を費し、ために家庭裁判所における少年法所定の保護処分ないし保護措置を受ける機会を奪つたもので警察の右捜査手続は違法というべきである。

検察官は、かりに本件捜査について遅延があるとしても捜査機関において故意に捜査を遅延せしめたものではないから違法性がないと主張するようであるが、故意に捜査を遅延せしめた場合のみを違法であるというように限定的に解する理由は毫も存しないので右主張は採用できない。

次に検察官は、もともと本件は刑事処分相当の事案であるから本件捜査に遅延があるとしてもこれを違法として問題視すべきではないと主張する。

なるほど本件被告人は、山口家庭裁判所において、昭和四一年七月二三日道路交通法違反で審判不開始処分に、また、同四二年三月三〇日同違反(三件)で不処分を受け、さらに同年六月一三日同違反で検察官送致の決定を受けていることは認められる。しかし、家庭裁判所の少年に対する処分決定の考慮の重点となるのは一般成人事件の如く「犯罪」それ自体ではなく、「犯罪性」すなわちその少年の「人格」にほかならないから右の如く前歴多きが故に家庭裁判所としては少年の要保護性の観点から被告人に対し、保護観察等の保護処分を選択したかもしれない。かりに検察官主張のとおり逆送決定が必至であつたとしても、それがために検察官は少年法第四二条の規定を無視して家庭裁判所に少年事件を送致しないでよいという論理はどこからもでてこない。さらに逆送決定が必至だからと言つて捜査手続遅延の瑕疵が治癒されたり、または、違法が正当化されるものではない。

してみれば、警察の右事件送致に至るまでの捜査手続はまさに違法のものであるというべきである。

ところで、捜査手続の違法が、これに基いて為された公訴提起の効力に影響を及ぼし、これを無効たらしめるかであるが、刑事訴訟法第三三八条第四号の規定は、公訴提起がその提起のときに、その手続に違反した場合に関する規定であつて、それ以外の場合は予想していないと一般的にはいい得るであろう。しかし、本件の如く現行少年法の体系中最も重要な規定に反し、少年法を無視するが如き捜査手続の違法は、その後これに基いて為された公訴提起の効力に影響を及ぼし、公訴提起の手続は違法な捜査手続と共に一連の訴追行為として、両者は密接不可分の関係にあるものとしてこれを一体に評価し、公訴の提起を無効たらしめるものと解するが相当である。

すなわち、少年事件につにて、家庭裁判所を経由せずして為された公訴の提起、および少年に対する家裁未経由の余罪事件の公訴の提起がいずれも家裁不経由を事由として、その公訴提起の手続を無効たらしめることは判例の示すところであるが、本件が右に比較して実質上どれ程の差異を認むべきであろうか。なるほど、本件被告人は公訴提起の時点においては、成人に達していたものであるからこの点を捉えるならば、右家裁不経由の少年事件に対する公訴の提起とは同一視し得ないという議論も成立つであろう。しかし、ひるがえつて、その実質を鑑みるとき、本来ならば少年事件として家裁に送致し得た事件を訴追する側において、いたずらに時間を空費して右少年を成人たらしめ、しかる後に公訴を提起したという措置は、家裁を経由せしむべきであつたのに、その手続を履践しなかつたという点では、前記家裁不経由事件と何ら実質上別異に解すべき理由は認め難いのである。もし両者について、それは時の経過がもたらす法律効果の差異であるとして、異る取扱を是認するとすれば少年法に掲げる保護育成の理念は訴追機関の恣意によつて蹂躙される結果を招くおそれなしとしないであろう。

さらに、現行少年法は冒頭説示の如く少年の刑事処分については、検察官先議の原則を廃しこれを家庭裁判所の専権に属しめ、少年の健全なる育成を期するため、凡ゆる分野から少年を調査観察させ、できる限り少年に対し、教育的な処遇を以つて臨むべきという、いわゆる保護主義(教育主義)を採用し、これを制度的に保障している。してみるとこの制度的な保障(法四二条は強行法規)に反し、少年の被疑事件について家庭裁判所の審判の機会を失わせしめるが如き捜査手続の違法に目を覆うならば、現行少年法の規定は死文化に等しく、その目的とする保護優先主義は根底から事実上破壊せられるものというべきである。(昭和二八年三月一一日福岡高裁宮崎支部が、少年の誤認事件で公訴の提起後少年が成人に達したとしても訴訟経済上の理由から検察官の公訴手続の瑕疵が治癒されるものではない。と判示しているのも本件と軌を一にするものというべきであろう。)

さすれば、右に反するような捜査段階の違法はその後に為された公訴提起の手続の無効をきたすものと解すべきである。

なお、検察官は、最高裁判所の判例を挙示して本件公訴提起の有効性を主張するようであるが、挙示の判例は、いずれも本件事案と内容的に全く異なるものであるから適切ではなく、右主張は採用できない。

従つて、本件業務上過失傷害被告事件の公訴提起は、刑事訴訟法第三三八条第四号の事由に該当するものとして公訴を棄却すべきである。

よつて主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例